
日 時: 2025年3月8日(土) 13:00~15:00
場 所: カフェ・サンラファエル
(名古屋市西区名駅2-11-8 ファーストビル大樹1階)
地下鉄「名古屋駅」1番出口より北へ徒歩5分
テーマ: 新しい物語とは?
進 行: 高橋 秀和
参加費: 飲食代実費(440円~)
定 員: 15名
申 込: 受付終了
内 容: 新しい物語と聞いてみなさんはなにを思い浮かべますか?
希望に満ちた、あるいは現状への否定でしょうか
実は、こういう解釈もできる、本当は・・・等々
身近にありふれているたくさんの解釈 今回は「新しい物語」について考えてみたいと思います。 初めての方も歓迎です。
どうぞお気軽にご参加ください
主 催: なごテツ(https://nagotetsu.jimdo.com/)
共 催: カフェフィロ(http://cafephilo.jp/)
新しい物語とは?
今回も多くの参加者の方に集まっていただき、世話人としても嬉しい限りです。
ご友人の紹介での初参加も何組かおられて、哲学カフェも世間に認知されてきたことを感じます。
色々な背景を持った方の参加は場が豊かになりますので歓迎です。
さて、今回のテーマは「新しい物語とは?」です。
卒業という言葉が踊る3月ですので果たしてどのような対話が展開されるのでしょうか。
以下の対話の一部を紹介します。
・自分が物心ついて時に、将来どのような職業に就くかとかどういう生き方をするとかを知らないうちに物
語として持っていった。
ただ、そのとおりいかないときに新しい物語をつくって生きていくが、何かの時に古い物語が顔を出す。 ・新しい物語は、私にとってはセカンドライフ。
切り替わった時には、新しい物語に期待していたが、今では古いほうと新しい方が半々になってしまっ
た。
・あたらしい世界に入っている。6年前に脳梗塞になった。金槌が持てない大工はありえない。
だが、最近は古民家のリフォームに関わることになった。
毎日が面白くてワクワクして生きています。
・来年から仕事をお休みして大学院に通うようにした。
何のためにいくかを悩んでいたが、学びたいという気持ちでだけ、先が見えなくてもで大学院に行くのも
いいと思えた。それは哲学カフェで失敗が面白いという話を聞いたことでそう思えるようになった。
自分は今まで、目標を立てて目的意識をもって進むのが人生と思っていたが、今の気持ちだけですすんで
もいい、人生の最後には、ネタとして失敗って面白いと思える、そう思えるようになった。
・目的意識をもっていない。
その都度つどに好奇心に動かされて生きてきた。
その時点での最適解ではないが、自分にとって楽しいことを選んできた。
それだから常に楽しい。
・物語は不完全なもの、コスパやタイパのように目的から逸脱しないようなことが主流の今にはそぐわな
い。しかし、コスパやタイパから物語が生まれるのだろうか。
・合理的に考えると前提が異ならなければ大抵同じ結果になる。
目的までの最短距離を行くのでは面白くない。
簡単に達成できなかったところに物語がある。一筋縄でいかない、寄り道や道草が物語になる。
・人生の構造も通過儀礼のように知らない世界に飛び込んでみるというような、最近の流行りだと異世界
に行って戻ってくるような冒険がある。
それが終わった時に代替物として現れてくるのが新しい物語ではないか。
1つの物語が終わった時にどうしょうもない行き場を求めて現れてくるもの。
・人生は正解を探すための生き方ではなく、面白い物語を作るための過程と考えるとちょっと楽になる。
・作家が物語を作るよりも、少年の頃に作った自分の物語のように生きることの方が難しいと思える。
・座右の銘が失敗してこそ人生。皆が信じていることから外れることで私だけのオリジナルな物語ができ
る。
・インターネットが普及して、いろんな人の話が24時間聞けるような今が新しい物語。
・自分では実現できないから物語がその代替物としてできる。
大きな物語が終わった後に小さな物語ができてきた。
・古い物語が新しい物語が抑え込んでいるという話がありましたが、流行り廃りはあっても対象は変わって
も人間の本質は変わらないので、今は押さえ込まれているものも、時代が変わることによって繰り返され
るのではないか。
・新しい物語を作るにはどうするかと考えた。
新しいということは読み手にとって見たことがなく初めて見たということだが、実際は元々あったものの
見せ方を変えたものだったりする。
大きな枠組みから抜け出る発想は生まれにくいので、特殊な手法で偶発性を起こして大きな流れから抜け
出たフィクションを作り出す。
・小説と物語の違い。小説は基本的には作り話、共有される人の数は1万くらい、ものによっては100万ぐら
い。物語はその物語を共有している人の数は1千万以上だったりする。その数の人が共有している物語はそ
れが真実になってしまうことがある。
・少ない集団の中で語り部による伝承が集まって大きな物語になってきたが、近代は、その大きな物語が解
体されてきて、小さな物語が増えてきた。
・神話の時代から物語は形を変えて、シーンは変わるが、シークエンスは変わらない。
そこで新規性を求めるならばシークエンス自体を文脈から外して入れ替えるということが起こってきた。
さて、この後も、休憩を挟んで対話は続いて行きました。
休憩時間中は各テーブルでの対話が弾んでいましたので、多くの人の前で話すのが苦手な方も自分の考え
を話しやすかったようです。自分の思っていることや考えてきたことを話してみる場があるということも大切というお話を今回いただきました。 なごテツがそのような場となっていれば幸いです。
(作成: なごテツ世話人 荒井 豊)