第86回 哲学カフェ

過程を楽しむ

2026年4月11日(土)

記録ご投稿



カフェ・サンラファエルさまの入り口
カフェ・サンラファエルさま

■ 第86回 哲学カフェ

日 時: 2026年4月11日(土) 13:00~15:00

場 所: カフェ・サンラファエル

        (名古屋市西区名駅2-11-8 ファーストビル大樹1階)

       地下鉄「名古屋駅」1番出口より北へ徒歩5分

テーマ:「過程を楽しむ」

     面白い本を読んでいると終わりのページが来て欲しくないそんな

     気持ちになることがあります

     本に限らず道すがらが楽しいときとは?

     今回は「 過程を楽しむ  」について考えてみたいと思います。

     初めての方も歓迎です。どうぞお気軽にご参加ください。

 進 行: 荒井 豊

参加費: 飲食代実費(550円~)

定 員: 15名

申 込: 受付中

主  催:      なごテツ(https://nagotetsu.jimdo.com/)

共  催:      カフェフィロ(http://cafephilo.jp/)

2026年4月 哲学カフェ開催レポート  過程を楽しむ

 

  今回は世話人の一人が海外に旅立つ前に出してくれていたテーマをそのまま引き継ぎました。

人それぞれに捻り出すテーマのおもむきが異なるのが面白いところではありますが

参加者からの活発な発言もあり、なかなか盛況な対話が行われ、楽しめる回となりました。

以下にその対話の一部をご紹介します。

 

<対話の要約>

### 仕事における「過程を楽しむ」ことの難しさ

* 結果を出すまでの過程は不安を伴うことが多い。結果が出て初めて楽しかったと感じる。

* 過程そのものを楽しむのは難しい。終わりが見えないため、過程を楽しむというよりは、結果を振り返って楽しかったと感じる。

* 試験勉強の場合は 試験勉強中は楽しさを感じにくいが、最終的な目標(単位取得)が見えている場合は、そのものを楽しむという感覚になる。

 

### 過程を楽しむための要素

* **物語:** 最終的な目標や結果を信じることで、過程を楽しむ。

* **ゾーン:** 集中し、没頭することで、過程を楽しむ。

* **数値化:** 貯金のように、数値が増えることに喜びを感じ、過程を楽しむ。

 

### 過程を楽しむことの具体例

* **プラモデル:** 完成までの過程を楽しみ、完成後は達成感を得る。

* **ピアノ練習:** 小さな目標を設定し、試行錯誤しながら練習すること自体を楽しむ。

* **試験勉強:** 結果を気にせず、自分なりのルールを作り、ゲーム感覚で楽しむ。

* **ものづくり:** 完成に近づく過程を楽しみ、没頭する。

 

### 過程を楽しむことの多様性

* **読書:** 読んでいる最中の状態を楽しむ、文字の塊が飛び出してくるような感覚。

* **ゲーム:** プレイしている状態を楽しむ。

* **演劇:** 他者との協調性の中で集中し、一体感を味わう。

* **創作活動:** 結果に固執せず、表現すること自体を楽しむ。

 

### 過程を楽しむことの難しさ

* **結果への執着:** 目標達成に集中しすぎると、過程を楽しめなくなる。

* **義務感:** 義務感から行うことでは、過程を楽しみにくい。

* **AI:** AIはまだ過程を楽しむことが難しい。

 

### その他

* **制限:** 制限があるからこそ、工夫が生まれ、過程を楽しめる。

* **本質:** クライアントワークでも、本質的な機能を見出し、自分の興味と結びつけることで過程を楽しめる。

* **ストーリー:** ドンデン返しのような展開は、過程を面白くする。

* **終わり:** 終わり(結果)ではなく、区切りを意識することで、過程を楽しめる。

* **目標設定:** 自分で目標を立て、それに向かって進むことで、過程を楽しめる。

 

<対話の一部紹介>

・仕事でお客さまのところに行って、本当はその時点ではできるかどうかわからないけれど、やりますと言って進んでいく。

その過程自体は楽しいとは言えないし、本当に」悩みながらやていて、それがなんとかなりそうだとなってきて、やっと楽しくなってくる。  

そうして結果的に過程が楽しかったと言えるのかなと思う。

・試験勉強のように、勉強している最中は試験に受けるかどうかはわからないので、その時は楽しいという思いはない。

・人生のように最後は死ぬとわかっている場合はその過程は楽しむしかないと思う。

・自分の場合は教育関係の仕事に関わっていました。生徒諸君の3年間の学校生活というのは通過点にしか過ぎないですが、私はその通過点にお付き合いするだけで置き去りにされる仕事なんだと思ってしまいます。私はその通過点にお付き合いさせてもらうだけで、彼らは新しい世界行ってしまう。なのに私たちはずっと同じところに取り残される仕事なんだと思ってしまう。過程しかない終わりがない。このように過程しかないというものがある。

・ピアノの練習。楽譜の通り弾けるのが楽しい、自分がどう表現し切れたか。どうやったらこの音が出るのか、どうしたら指が動くのかを夢中になってやっている時間が、いわゆる過程を楽しんでいるということなんだと思う。

・過程を楽しいでいる場合は、1つ目は物語を作って信じている場合。天国に行って幸せになるというとを信じている。2つ目は、ゾーンに入ってしまう場合。3つ目は数値。貯金のように通帳の数字が増えていくこと。

・自分はモノを作るのが好きで、出来上がっていくのがどんどんわかってくるのが楽しい、途中で止めたくないので、ご飯を食べるも忘れ、徹夜して作ったりする。目に見えて完成系に近づいていくのが楽しくて止められない。 プラモデルで言うと、買ってきて組み立ている最中は楽しいけれど、出来上がってしまえばもういいやって言う。

・一人でピアノを弾いているのとアンサンブルをやっている時では違って、アンサンブルやっている時は当然に自分は弾けるんだけど、他の人にも合わせて音を作っていく。お客さまは聴いているだけ。演奏している側はすごく緊張しているので、周りの音とか、今ここをこの人はミスったというのを無意識に感じている。一体感を感じているがこれは演者にしかわからないことだと思います。

・演劇で稽古中はなかったのに、本番で急に演技が止まってしまった役者がいて、その時に他の役の人のがアドリブのセリフで切り抜けた。それはみんな一緒にやっているが故の集中力だと思う。自分一人だったら絶対そのようにはならなかった。同じ過程ということでも色々な家庭がある。

・本を読んでいるときにもうすぐ終わりに近づいて、あとこれだけしかページがないとい言うときはその過程がむちゃくちゃ面白かったり、ゾーンに入って没頭していて、結末を迎えて終わった後も楽しかったと言う満足感が広がるような。

・もしかして1つの物語の中に、小さなターンが(結果が)いくつもあって、その過程をそれぞれ楽しんで最後に読み終わった時に楽しんでのような。

・課題図書のように無理矢理与えられた本は楽しめない。自分の選んだ本と無理矢理与えられた本は違う。 ・入り方の問題で、本を読んでいる過程自体が楽しくて、文字がこう、塊で飛び出してくる。意味の塊として入ってくるんだけど文字という形ではなくて音声言語的で、視覚的に入ってきているはずなのに、すごいスピードで再生されているみたいな感覚です。そうするとただ文字を見ていた時には感じなかった間だとかリズム感や文字の美しさといったものが感覚的に捉えられるような状態。それがまさに、本を読んでいる過程そのものを楽しんでいる。

・ゲームをやっている状態を楽しんでいるというのは過程を楽しんでいるのか、状態を楽しむと過程を楽しむはちょっと違うのではないかと思う。

・過程を楽しむということでは、本屋に行って本を選んで本を買った時が楽しみのピークではなく、家に帰ってから本を袋から出して、その本の最後に載っている広告を見たら、これまだあるんだなって感じが楽しい。新聞でも書評欄を最初に見るし、昔だったら4コマ漫画を最初に見たりします。

・最初に装丁とかを楽しんで、この装丁を作ったのは誰だろうとか、何か仕掛けがあるのかもと思ったり。本によってはカバーの裏の表紙が全然違うデザインになっているとか、小口のところに絵があったり、裏からめくった時に違う絵になっていたりとか。そのような仕掛けがあったら、まずそれを愛でてあげたいみたいな。作った人へのリスペクトがある。まず物質を愛でるというのがあって、一時期会ったのが、文庫本を買ってきて、見開きで匂いを嗅いだだけで出版社がわかるみたいな。

・本を読む過程は3フェーズある。1つは本屋さんに行って買ってきてから袋を開けてものを愛でるまで、次は読み始めてから物語に没入して読み終えて結末を知るまで、最後は読んだ本の書評をネットで漁って、いろんな人のコメントを見て、ああ、そうかとわかるみたいな、こういう考えの人もいるみたいな。

・先日、職場でプレゼントを用意するために、そのプレゼントのラッピングを突然にお願いされました。1時間程度しか時間がないのにラッピングの材料をこのお金で買ってきて欲しいとのこと。いちおうお祝いとのことで、カードとか桜のシールとかがあるといいと言われて探しに行ったが桜のシールがなくて、色も最近はジェンダーを意識して男性だから青、女性だからピンクはダメなので色が足りない。このような制限があってどうしたら素晴らしいお祝いのラッピングができるかと考えるのはすごく頭を使う。でもその時は楽しい。そこで、思い切って和紙を買って、水引きのシールを貼って色も黄色にした。大変ですが、制限があるから色々と考えることができてそれが楽しいんだと思いました。

・昔、大工を始めた頃、家を作るまで楽しみなんて何もないですよ。いくらやっても柱は上手く削れないし綺麗な仕事はできない。親方には怒られるしどこが楽しいんだろうかと。でも後になってみるとなんか嬉しいんです。できないことができるようになるから嬉しいんです。何だろう、楽しさと嬉しさの違いはどう説明したら良いかわからないですが。ゆとりがないと楽しめないのかと思っていました、ゆとりなんか全くなかった、失敗の連続でしたから。でも、出来たじゃないかの一言でやっぱり嬉しいんですね。楽しめなくて嬉しさが勝つということもあると思っています。

・モノづくりをやっていますが作っている時が絶対楽しいみたいな。いろんな素材の質感とかに触っているのが楽しい人間なので、学校で最後に展示会があるのですが私だけ関心がなかったんです。展示よりもその素材と自分が向き合っている時にイメージが降りてきて、自分の手と素材が別の存在と繋がっているような感じを楽しんでいて、それで自分の考え方や感覚が変わっていくのを楽しんでいるという感じです。私は焼き物を創作しているのですが、焼き物は本当に結果がわかりやすい。自分ができることは釜に入れるまでで、結果はその後に出てくる。もう受け入れるしかないという点である意味で過程を楽しむです。焼いて出てきたものにまったく共感できない。さっきまで面白かったのにみたいな。結果を求めて作っているところはあるんですが、その質感みたいなものに、ずっとファーカスを広げていって、ここにうまみを見出していくみたいな。そんな感じで楽しんでいるというのが私の個人的な楽しみ方です。

・ホテルの改修みたいな仕事で、デザインを書いて図面を引いてこういうコンセプトでやりましょうと考えました。実際に現場に行って職人さんと一緒にアイデアを形にしていく、自分がイメージしたものが形になってるという段階がいちばん楽しい。出来上がったものは見ていません。それはもう使う人のものだから。だからどのように使われているかに興味がある。だから過程が大事で結果には意味がなくなってしまう。

 

などなど、紹介できなかった内容も多かったのですが、今回は感覚の話も多かったので表現が難しかったようです。過程を楽しむというテーマでしたが、過程と結果その後の影響を考えると必ずしもその時の結果だけでは言い表せないものがあるようです。

 

(作成: なごテツ世話人 荒井 豊)

 

 


第86回 哲学カフェ

過程を楽しむ

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