第70回 哲学カフェ

【ぬるま湯とは?

2024年12月14日(土)

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カフェ・サンラファエルさまの入り口
カフェ・サンラファエルさま

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日 時: 2024年12月14日(土) 13:00~15:00

場 所: カフェ・サンラファエル

    (名古屋市西区名駅2-11-8 ファーストビル大樹1階)

     地下鉄「名古屋駅」1番出口より北へ徒歩5分

テーマ: ぬるま湯とは?

進 行: 高橋 秀和

参加費: 飲食代実費(440円~)

定 員: 15名

申 込: 受付中

内 容:    ぬるま湯と聞いて何度を思い浮かべますか?

     お湯の温度は、お風呂なら42度、料理なら100度でしょうか

     それより温度が低いのがぬるま湯?

     個人差が大きなものを例に使っている気がします。

     今回は「ぬるま湯」について考えてみたいと思います。

     初めての方も歓迎です。

     どうぞお気軽にご参加ください

 主  催:      なごテツ(https://nagotetsu.jimdo.com/)

共  催:     カフェフィロ(http://cafephilo.jp/)


テーマ:ぬるま湯とは?

 

冬も本番、冷たい風が吹き始めるなか、哲学対話を楽しみにたくさんの方々が集まってくれました。

ある意味、季節に合っているのでしょうか、今日のテーマは「ぬるま湯とは?」です。

さて、心地よい湯加減で対話が進むでいくのでしょうか、それとも。

なに、熱すぎたらぬるま湯じゃない?

それはそれで。

 

対話の一部を以下に紹介します。

・冷たいわけではなく熱いわけではないので適温のこと。

・年配の方から若い人を見るとぬるま湯に浸かっていると言われる。

・教員をしている。

 生徒が傷ついて泣いている。

 世間の風に当てないようにしてきたのにあなたのせいで傷ついたと言って親が怒ってきた。

 ぬるま湯につけたまま育てようと思っていたのだと思う。

 ぬるま湯は適温ではない、気分が良いわけではない。

・自分自身が育ったきた環境がぬるま湯だった。

 それを楽しんでいたが、熱い環境や冷たい環境に自分を追い込んでみたいと思ったことがあった。

・ぬるま湯の否定的な側面と肯定的な側面がある。

 生徒との関係が熟成してくるとぬるま湯化してくる。

 その関係を作っていくのが難しい。

 自分はぬるま湯を作りたい。

・ぬるま湯に浸かっていてはダメだという否定的な側面を思っていたが、釣り合っている状態だから中途半

 端に見えるが肯定的にもとれる。

 大変な状況がなければぬるま湯が良い。

・創造的な活動のベースにぬるま湯が役に立った。

 沸騰や蒸発という相転移を起こす前提としてぬるい状態がある。

・ぬるま湯はやるべきことをボチボチやるみたいな感じ。

・ぬるま湯が良い環境として捉えられるのは、それ以外の環境が当人にとって過酷だった場合。

・ぬるま湯は相対的なものでしか感知できなかったもの。

 比較対象がないとぬるま湯とは思えないのではないか。

・小学校の時は自分の好きなことしかしていなかったしそれが許された。

 中学生になって野球部に入ってが、自分だけ初心者。

 初めて内発的でない動機で厳しい環境を体験したことで、それ以前はぬるま湯だったと感じた。

・熱い、冷たいには価値が置かれるが、ぬるま湯は価値を置かれない。

・一番の最適値がぬるい状態。

 中庸ともいう。

 いい加減=最適値。

・自分が疲れているからぬるい環境にいたいと思う。

・仕事がやりたくてやっていた。

 自分が好きなことを自分の好きなようにやっていることは自分にとってはぬるま湯。

・他人に対してぬるま湯というのは自分の基準を他人に適用している。

・中庸な温度について良い加減ではなくいい加減というのか。

 冷たい、熱いをつくるには労力がいる。

 適当でもできる温度がいい加減になっているのでは。

・ぬるま湯も昔はただぬるい湯を指していたのに、世の中の移り変わりで、適当やいい加減ととらわれるよ

 うになった。極端なものに価値がある時代は終わりつつある。

 将来はぬるま湯が指しているものが変わるかもしれない。

・熱い、寒いに価値があるのには違和感がある。

・ぬるいものが支持されるのは現実が過酷だからでは。

・冬場のぬるま湯は出れなくなる。

 外部的な環境にも影響される。

・全て本人ではなく、周りの大人が考えている。

・ぬるま湯がよくない環境なのか。

 ちょっとピリピリしたような環境が良いのかも知れないが、本人が幸せならそれでいいのでは。

・ぬるま湯が何かを自覚する環境があればいい。

・ぬるま湯とそうでない状態の変化を繰り返している。

・ぬるま湯でいいと思っている人もいるし、もっと熱くなければという人もいるが、世の中では感じ方が違

 う人と付き合わなければいけないため、齟齬が生まれる。

 それを擦り合わせて生きている。

・関係性が大事、いい加減も関係性があれば意味が変わってくる。

・熱く語るのは相手の状態しだい。

 ぬるい状態から抜け出そうと思うかどうかは相手の意思だから。

・傍目から見たらぬるく見えるが、置かれている状態は過酷ということがある。

 (肉体的には楽だが精神的に辛い状態) この後も対話は続きます。

 

ぬるま湯と聞くと、どちらかというとネガティブなイメージで扱われることが多いように感じますが、決してそれだけではないようですね。

 (作成: なごテツ世話人 荒井 豊)

第70回 哲学カフェ

【ぬるま湯とは?

2024年12月14日(土)

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