■ 第35回 哲学カフェ←Googleカレンダーに追加
日 時: 2018年12月8日(土) 13:00~15:00
場 所: カフェ・サンラファエル
(名古屋市西区名駅2-11-8 ファーストビル大樹1階)
地下鉄「名古屋駅」1番出口より北へ徒歩5分
テーマ: 立場とは
進 行: 寺井哲治
参加費: 飲食代実費(440円~)
定 員: 13名
申 込: (事前申込みを終了しました、キャンセル待ちを若干受付中です。)
staff☆nagotetsu.sakura.ne.jp(☆を@に変換してください。)
(定員に達しましたら締め切りますので、なるべく事前にお申し込みください。
お申込みがない方も席に余裕がある範囲で先着順でお受けします。お早めにいらしてください。)
《ご案内》
―開催報告―
なごテツ 第35回 哲学カフェ
《立場とは》
日時: 2018年12月8日(土) 13:00~15:00
会場: カフェ・サンラファエル(名古屋駅東口)
進行役: 寺井哲治
今年も早いもので、もう年末、なごテツにとっては今年はさまざまな事に挑戦できた年でした。
毎回、多数の方のご参加をいただき嬉しい限りです。
さて、今日のテーマは「立場とは」。
なごテツでは参加者の皆様には、参加者としての立場で守っていただきたいルールがあります。
といったように、誰しも何かしらの立場を持つ・持たされてしまうもののようです。
さて、今日は哲学カフェはどのように進んでいくでしょうか。
以下に対話の一部を載せます。
・自分だけでは成立しない、他者もいてこを成立するもの。
・その立場になってみないとわからないことがある。幹事になって初めて大変さが分かって感謝した。
・自分の考えの表現であれば、それも立場。一人でも成立するのでは?
・社会的立場が人をつくる。
・立場とは役割か?依って立つ場所。
・立場とは立ち位置?どの立ち位置にくるかによって振る舞いを規定する。
・立場同士が争って行動を決めることも(母と妻とか)
・普段は自由なスタンスの人も、例えば「先生」という立場に立つとその行動に制約がかかり、
個人的な考えとは違うこともしなければならないことがある。
・最初に自分が選んだ「立場」と、与えられた「立場」がある。
・「立場」に逃げて無責任になることもある。立場上そうしたけど仕方なかった、とか。
・集団を形成し機能させるために個人に与えられたものではないか
・福袋みたいなもの。なにが付随しているかわからないけどいろいろ試してみられる。
・その人がコンプレックスに思っていることを「立場」と言ってしまうことがある。
・結婚すると「妻」という立場がついてきたり、子どもができたら「親」という立場がついてくる。
クーポンみたいに「付いてくるもの」。
・立場→社会。 立ち位置→個人 のイメージ
・立場は3人以上から成立する。2人なら「関係」
・なにかを他者に認めさせるためにある
・立場に付随するものを欲しがる人もいる(権力とか)
・無人島で一人きりでも「立場」はあるのか。「人間としての立場」にいるためには神とか倫理が必要?
・たった1人でも社会(家族・会社などなど)に属している意識が残っている限り
「立場」は残っているのでは
・立場はいままでやったことのないことに挑戦する機会を与えてくれる。
・立場によって作り上げた自分と、元々の自分が融合する?
一つの型をもつことによって形作られていく。安定する。
・ある立場に立つことで、「立場と自分」の関係とか行動が変わってきたのか?
・酒好きの父から「お前の酒の飲み方はだめだ」と言われたが、
それは「父」の立場からのアドバイスだった
・権威のある人から役割を与えられて「立場」ができると、
倫理に反することでも実行することへの抵抗感が減る。
・「立場」に守られているという安心感がある?
・立場を守るために本心が言えなかったり期待に応えようとしたりする
・役割は具体的だが立場は抽象的。立場によってすることが決まる。
・権威ある人は他者に「立場」を与えることによって、その人をうまくつかう。
立場をもらった人も都合よくそれをつかう。
・立場には他の者に対しての権威が付く場合はある
(将軍という立場をもらうと他の武士を統率する権威を持つ)
・立場に立ったら、役割を考える人と考えない人がいる。
・命令系統のどこに責任があるのか?
・立場は時々めんどくさい。
・立場と役割とはとの関係は?
・人それぞれで「立場」に含まれる「役割」に対する意見が違うのではないか。
すなわち「立場」の概念がちがうのかも?
・役割+ゆるぎない信念=立場 ・会社員という立場は失いやすいから、
それを守るためにがんばるが「家族」に対しては安心感があるから軽視してる?
・立場とは言葉で語れるが、役割は言葉では語り尽くせない。
・立場は対立が深まることがあるが、役割は目的を達するために協同することがある。
・対立を避けるためには、当たり障りのなくめんどくさい選択をすることがある
・立場は責任を問われやすいが、役割は責任が軽い?
・立場は全方向に意識を向けないといけないが、役割は与えられたものだけでいい。
・人間は「立場」しか見えないのではないか。
・立場とは点在するのではなく、多層構造になっているのではないか。
1つの立場を失うと全てを失うような
・立場と役割は重なり合うのではないか。
・立場は「守る」とセットになっている。
・ある問題について対立が起こる時、それぞれが自分の立場の正しさを主張するために動くことがある。
さて、参加者の対話はまだまだ続きますが、哲学カフェは時間が来たら終わりです。
今回は、進行役が対話の深まりを意識して進めてくれたため、
ところどころでいつもとは少し違った展開と なりました。 ?
(作成: なごテツ世話人 水野生惠、荒井豊)
0 (日曜日, 20 1月 2019 15:29)
私はある人の立場に立って、これを表している。
その人が言わんとしただろう事を、ここで代弁している。
「私」という言葉は、ここで(たぶんスクリーンで)
今表示されているこの文章を指している。
はじめまして、それでは。
Mn3 (土曜日, 05 1月 2019 10:48)
「立場は3人以上の場合に成立する。」というのが示唆的でした。
必ずしも自分の本意ではないが、
自分の属するものの為、利益を考えて
事を成すとき、
それはその人の「立場」を考えて行動した
と言われるのでしょう。
例えば太平洋戦争末期
零戦で特攻により命を失っていった者
彼らの真意は必ずしも自分の命を終わらせることではなかった。
しかし、郷里の親への恩給を増やすため
(特攻により二回級特進だから)
日本に残されたもののため
尊い命を捧げていったのかもしれない。
この時
本人(零戦パイロット)
家族
大日本帝国
アメリカ合衆国
という4者の関係において
零戦パイロットの「立場」が発生した。
(3人のケースではないけれど)
繰り返しになるが、
自分の属するもののために
自分の本意とは違うことを成さざるを得ない時
立場が重くのしかかってくる。
特攻で命を失っていった者に対して
軽々しく「立場」云々言うのは気が引けることではあるものの、
そんなことを思いました。